第9回ハンセン病と人権問題 (2020年11月)

更新日:2020年11月01日

コロナ差別の中で、ハンセン病を考えましょう

新型コロナウイルスによる感染の恐れや不安から感染した人やその家族を誹謗中傷するコロナ差別が起きて、重大な人権問題となっています。2020年は、新型コロナウイルス感染症による世界的なパンデミックにより、わたしたちの暮らしに変化が起きて、価値観や行動までもが変わるような転機の年として長く記憶されることになるかもしれません。新型コロナウイルス感染症に対する科学的な知見に基づく感染予防対策が進められていますが、まだまだ分からないことの多い感染症です。新型コロナウイルス感染症による偏見や差別が社会の中で、これ以上広がらないようにするために、私たちにできることは何でしょうか。

感染症による差別や偏見について考える時、その「歴史」にも目を向けることが大切になります。ハンセン病の元患者〈回復者〉の方々は、長い間、強制隔離政策の下に置かれ、人間的な暮らしを奪われてきました。また、元患者〈回復者〉のみならず、その家族の方々への偏見や差別が、今も根強く残っています。ハンセン病という感染症から、今、私たちが学ぶべきことは何かを考えてみたいと思います。

ハンセン病とはどのような病気で、どんな対策がとられたのでしょうか

ハンセン病は「らい菌」によって引き起こされる細菌感染症で、発病することはまれな病気でした。かつては、「らい病」と呼ばれましたが、1996年に偏見を是正する目的で、らい菌を発見したハンセン医師の名前をとり「ハンセン病」へと変更されました。

ハンセン病の感染ルートについては、まだまだ統一した見解が得られていませんが、とても弱い菌で、人から人にうつることは極めてまれであること、抗菌剤で完治すること、などが今では明らかになっています。しかし、ハンセン病に対する医学的知識が乏しかった1907年(明治40年)当時は、「(らい)予防に関する件」という法律を制定して、野外生活を営むハンセン病患者を療養所に隔離収容しました。その後、1931年(昭和6年)には、「(らい)予防法」が成立し、在宅の患者も含めたすべてのハンセン病患者を強制的に隔離する政策が行われ、全国各地に国立療養所が設けられました。また、各県では「無らい県運動」の名のもとに、患者を見つけ出し療養所に送り込む官民一体の政策が行われました。

強制的に隔離された患者やその家族は、どんな生活を送ったのでしょうか

多くの患者は突然、自宅から無理やり連れ出され、家族からも引き離されて療養所に入所させられました。療養所では退所も外出も許されず、療養所での作業を強いられたり、結婚の条件に断種や堕胎を強いられたりするなどの人権侵害がありました。

ハンセン病の患者本人だけでなく、その家族たちも周囲から厳しい差別を受けました。患者の強制的な入所や家の消毒などが行われたことで、周りの人々は恐怖心を抱き、患者とその家族への差別意識を一層強くしたと考えられます。家族は近所づきあいから疎外され、結婚や就職で差別されたり、引っ越しを余儀なくされたりすることも少なくありませんでした。学校ではいじめにあい、進学の希望が叶わなかったり、就職を拒否されたりする例が数多くありました。このような過酷な偏見差別の中で、多くの家族は患者本人とやむなく縁を切らざるをえませんでした。

戦後のハンセン病問題はどのように取り組まれたのでしょうか

1947年(昭和22年)から日本でも治療薬プロミンの使用が始まり、各種の治療薬が普及したことで、患者の多くが治癒しました。現在の入所者、退所者はすでに回復して「回復者」と呼ばれ、周りの人に感染することはありません。しかし、戦前の「(らい)予防法」は、1953年(昭和28年)、「らい予防法」に改正され、変わらず存続しました。

「らい予防法」がようやく廃止されたのは1996年(平成8年)のことで、実に65年が経過していました。国の隔離政策は改められたものの、入所者の多くはすでに高齢となっており、重い身体障害がある人もいて、社会復帰して自活することが困難でした。また、2003年(平成15年)には、熊本県内のホテルが入所者の宿泊を拒否したことから、ホテル側の不誠実な謝罪に反発した入所者に対して、市民から露骨な誹謗、中傷の電話や手紙が多数寄せられるなど、社会では今なおハンセン病に対する偏見差別が根強く残っており、療養所の外で暮らすことに不安を感じている人もいます。

1996年(平成8年)「らい予防法」が廃止されましたが、入所者や退所者の状況はなんら変わらず、社会復帰などの支援策もとられませんでした。1998年(平成10年)、療養所入所者13人は、熊本地裁に「らい予防法」違憲国家賠償請求訴訟を提起しました。2001年(平成13年)、熊本地裁は原告勝訴の判決を下し、国は控訴せず判決が確定しました。国は患者・元患者に謝罪し、新たな補償金制度や給与金制度を設けました。さらに、2009年(平成21年)「ハンセン病基本法」が施行され、毎年6月22日を「らい予防法による被害者の名誉回復及び追悼の日」と定めました。

2016年(平成28年)、患者・元患者の家族は、国に対しハンセン病家族国家賠償請求訴訟を提起しました。2019年(令和元年)、熊本地方裁判所において、請求を一部認める判決が出されました。この判決に対し、政府は控訴を行わないこととし、判決受け入れに当たっての内閣総理大臣談話を公表しました。この中で、患者・元患者が苦痛と苦難を強いられてきたことに対し、政府としての深い反省とお詫びが示されるとともに、家族を対象とした新たな補償の措置を講ずること、人権啓発、人権教育などの普及啓発活動の強化に取り組むことが示されました。

今、ハンセン病問題から私たちが学ぶこととは?

新型コロナウイルス感染者への誹謗・中傷や差別が、本人だけでなく、家族にまで及ぶ状況は、ハンセン病問題での表れ方と非常に似通っています。もし、感染症に対する正しい知識が社会の中に行き渡らず、偏見やデマに覆われた社会になれば、ハンセン病問題での間違いを再び繰り返すことになるかもしれません。新型コロナウイルスに関する正しい知識、認識を持ち、偏見や差別を解消することが今こそ必要です。

 

(参考:「ハンセン病問題啓発パンフレット」滋賀県、「人権の擁護」法務省人権擁護局)

次回テーマ:「人権週間」(予定)

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