【第34回】大名は、二つの顔を持っていた

大名は、二つの顔を持っていた
江戸時代の大名は、今の知事や市長のような「地方のトップ」と思われていますが、実はそれだけではありません。
大名は、地方を治めるだけでなく、国の政治にも直接関わる立場でした。例えるなら、知事や市長が、国の省庁の幹部役人も兼ねていたようなものです。
しかも、江戸時代には議会制度が無かったので、国務大臣や国会議員も兼ねたような存在で、大名一人ひとりがとても大きな権限を持っていました。
その中でも井伊家は、将軍の手助けをする特別な役割を期待されていました。
※なお、大名が江戸にいる間も、地元の城では、大名と政治方針を共有していた重臣たちが合議で政治をしていましたので、地元の政治が滞ることはありませんでした。

- @彦根
家臣A「話し合ってこう決めました。」
殿様「うーん、なるほど。」
家臣B「次の相談は・・・。」 - (彦根から江戸まで約500キロメートルを移動)
殿様「急ぐぞ!」 - @江戸
将軍「ねえ、井伊、この場合、どうしたらイイ?」
殿様「こうしたらイイと思います。(忙しいわ~。)」 - 殿様(げっそり)「来月は彦根か・・・。」
家臣(げっそり)「500キロメートル・・・。」
(広報ひこね2026年3月号掲載)




更新日:2026年03月01日